駅近!マンション2LDKペット可物件

非日常のために日常が非日常化する日常の雑記帳

年齢挫折

どの分野にも一握りの秀才、天才がTOP集団に君臨していて、才能の無い者はどんなにあがこうが、生半可な努力ではその世界には到達することが出来ない。

 

人より優れた能力を持っていて、絶え間ない努力を続けて、その中でもチャンスを掴み取った者達だけがTOP集団の仲間入りが出来る。

」を味方に付けることが出来た者だけが、上へと登れるチケットを入手出来ると言っても間違いないようです。

芸術、スポーツ、仕事。

どの世界でも同じ。

 

また特定の分野でのTOP集団での存続を維持するためには、自己の持つ能力だけでなく、人の利、時の利、地の利の三拍子が揃っていなければ持続出来ません。

絶え間ない努力を続けないと引きずり下ろされてしまう。

 

f:id:moriyon:20190903112359j:plain

 

自分の作った物が選ばれない、人に認められないと言うのは、「何か」が足りないから。

他人のせいにする前に、その「何か」を見つけ出すことが重要。

その「何か」を見いだせても、容易に操れない物であったり、創造・表現出来ない物であったりすることが多く、その時始めて自分の能力がここまでだと悟ることになる。

たいていの普通の人は、ここで頂点を目指すことを諦めるのだけど。

場合によっては死後にその才能が見出されるなんてこともあるのは辛いところ。

 

f:id:moriyon:20190903112414j:plain

 

一部、頭のいかれた勘違いキチガイが、嫉妬、思い違い、怨嗟の感情から奇行に走り、凶暴化する。

 

小説家、志茂田景樹氏のブログでこういうコメントを載せておられた。

 

lineblog.me

 

すごくよくわかります。 

 

こういう輩は匿名掲示板などに時折出没して、垣間見ることが出来ます。

 

2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の各カテゴリーには少なくない数のそう言う連中がいて、キチガイっぷりを発揮させていて、執拗で陰湿で攻撃的。

彼らは、自分の能力不足で世間から選ばれることはないのだということを、決して認めようとはしない。

自分より上の物が出てくると、暴力で押さえ込みねじ込み叩いて、その世界から消し去ってしまおうとすることを選択する。

果ては逆恨みを抱き、復讐心から相手を抹殺しようと実行に走る。

 

思い詰めるが故の衝動的な行動か、それとも精神障害という病気か。

それは私にはわからないが確実にこういう人がいると言うこと。

 

 

  

今、何かの目標に向かって、日の浴びる世界へ辿り着きたいと努力を重ねている人達。

誰かのせいだと思う前に、自分との戦いだと見直すべきなのだが。

 

悪魔に魅入られて他人のせいにしている人間は、そんなことも見失ってしまっているのだろう。

 

f:id:moriyon:20190903112427j:plain

 

 

私は自分の能力が無いことに気づき、様々な事をとっくに挫折してしまった人間。

それでも、今でもてっぺん目指して、歯噛みして、目を血走らせて、もがいて、何とかならないかと模索してうごめいてはいるのですが・・・。

チャンスが巡ってこないかと虚空を睨んでいます。

 

 

最近気付いたのは、年齢による限界が加わってきたこと。

50代半ばを過ぎた肉体。

運動能力はもちろんのこと、頭の回転も鈍くなってきて、疲労が蓄積し、それまでのような活動が出来なくなってきました。

 

体が動かなくなってきやがった。

 

私より年上の世代ならばよくおわかりになることでしょう。

 

f:id:moriyon:20190903112607j:plain

 

活動限界地点の年齢まで、あと残り何年と指折り数えていたのが、二桁から一桁へと移行して。

「もう無理だな。時間が。」

そうなると、もはや焦りはなく、後悔もなく。

世の中には年齢の挫折もあったんだなとあらためて思い知らされます。

 

 

「何を言ってる、まだまだ若いよ。 年取っても頑張れば出来る!」

なんていう上辺だけのお上手は耳に障るだけ。

「諦めるな!」

いやいや、もう時間が残り少なくなってきたんですよ。

 

 

何も残す物も無く、時代に名を残すこともなく、大多数の人と同じく人知れず土に帰っていくのが最良の自己完結だよな。

今の一つ一つを大事にしていこう。

という感情になってきました。

 

f:id:moriyon:20190903112739j:plain

 

 

農業に関する小冊子の記事を読んだらこう言うことが書いてありました。

 

「今、里山などで植林をしているおじさん、お爺さん方を見なさい。

樹木は今植えても来年や再来年ぐらいで大きく育つもんじゃないですよ。

大きく成長するまで30年も50年もかかる。

じゃあ、あのお爺さんは何のためにああやって苦心して植林しているのかと思われますか?」

 

後継者もいない、林業は廃れるばかり。

日本の山で採れた木はもうお金にもならない。

それでも森を、日本の里山を育てている方々がおられます。

名も残らない。軌跡も残らない。誰かのためになるかどうかもわからない。

 

何のために?

 

 

f:id:moriyon:20190903113213j:plain

 

あと数年。

己が望み描いた物は完成しないだろうけれど、やれるところまでやりますか。

あがけるだけあがいてみましょう。

その後は・・・・

そん時考えましょう。

 

とりとめのない内容になってしまいました。